iwapenの日記

60歳にして考古学を学びに大学に入りました。また、社会や政治についても思いの丈を発信してます。

ハイヌウェレ神話とイザナミ

ハイヌウェレ型神話について 付記
2021.9.5

前回の「土偶考」で、以下のように書いた。
豊穣神の体内から食物・穀物が生み出されるオオゲツヒメウケモチの豊穣神神話は、新石器時代以降の農耕社会成立とかかわる中層神話であろう。しかし、その豊穣神を殺害して穀物を得るという話は、醜い汚い異質な者は殺してもよい、殺害によって農作物を略奪すべしという、これも戦争による殺害・略奪が常態化している社会特有の発想である。しかも、スサノオという残虐非道な軍神的存在による殺害であることは、『日本書紀』・『古事記』ではあくまで新層神話として改編されている点、見逃してはならない。
つまり、豊穣神を巡る神話理解の論点は、豊穣の女神が「殺害」されたか「死亡」したかにある。
戦争や略奪の無い初期農耕社会の中層神話では、豊穣の女神は生ける間は排泄物より有用物を人々に提供し、そして「死亡」してなお、その体内から穀物などの有用物を提供した。こうして、農耕の始まりを「女神つまり自然の恵み」によって説明したのが中層神話である。
しかし、戦争と略奪が始まるや、膨大な殺害の結果、勝利した側が敗北した側の穀物などの有用物を戦利品として略奪するという行為が普遍化し、それによって豊穣の女神も「殺害」されて止む無く有用物を放出することになった。つまり、有用物の獲得神話は、戦勝(レイプ・殺害)と略奪による恵みへと改編されたのである。型式は中層神話を踏襲しつつ内容面では大幅に改編され、変質中層神話とでも言えようか。
ニューギニアのハイヌウェレ神話はレイプと殺害と食人を中核としたまさにこの変質中層神話の典型である。また、軍神スサノオに殺害されたオオゲツヒメと天上の支配者ツキヨミに殺害されたウケモチも同様である。ただし、変質中層神話は、さらに国家成立とともに王・軍人・被支配者の3機能が成立し、王家の正統性を語るものに再編されていく。それが新層神話である。したがって、オオゲツヒメウケモチ神話は、ハイヌウェレ型神話を踏襲しつつ、軍神や天上の支配者も登場する形で天皇家の皇統を語る神話に再編されており、厳密には新層神話となる。

ところで、世界創造を説明する古層神話に登場するイザナミは、死してその体内から有用物を排出する話では、ある意味ハイヌウェレ型神話との類似が認められる。イザナミは、火の神カグツチを出産し、それによって陰部に大火傷を負って「死亡」した。そして、その死によって、人々に火が与えられ、さらに死に瀕しながら嘔吐し大小便を垂れ流し、それらが金属・粘土・水・蚕・桑の木・五穀などと人間生活に不可欠な有用物となった。たしかに悲惨な死であるが、「殺害」ではない。出産時の事故による「死亡」である。そして、その「死亡」によって人々に有用物の恵みを与えるという、あくまで農耕社会開始を女神=自然の恵みとして理解する中層神話の構成である。
したがって、このイザナミの「死」をハイヌウェレ神話の「殺害」やマヨ祭でのマヨ娘のレイプ・殺害・食人と同等に語るのは間違いである。ところが、吉田敦彦氏は、「ハイヌウェレとイザナミの類似」として、以下のように述べる。
イザナミには、「ハイヌウェレ型」の神話の主人公の女神たちと、本当によく似たところがある。なぜならこれらの女神たちも、前に見たように神話の中で押しなべて、やはり太古に、真に酷たらしいと思えるような、殺され方をして死んだ。」(『縄文宗教の謎』P123、下線岩崎)
見られるように、吉田氏によれば、自分の子供を産んで「死亡」したはずのイザナミは「殺害」されたことになっていしまっている。イザナミは、略奪目的に誰かによって「殺害」されたのではない。あくまで出産時の事故による「死亡」である。それに対し、ハイヌウェレ型神話の登場人物は、その有用物略奪(レイプも食人も同様)を目的に女神を「殺害」している。ハイヌウェレ型神話は変質中層神話なのである。神話学者として、より詳細な神話分析が求められるところである。
この神話の内容の違いは、戦争・略奪社会成立以前と成立以後の歴史の根本的な画期を背景にした違いである。