iwapenの日記

60歳にして考古学を学びに大学に入りました。また、社会や政治についても思いの丈を発信してます。

おすすめ図書 ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』

おすすめ図書
ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』

コロナ禍での自粛生活にもそろそろ疲れが出てきた頃だろう。私は、コロナ禍以前より、日々、考古資料や書籍に埋もれて仙人のような生活をしているが、さすがに大学もオンライン、図書館も閉館、各地の考古資料館や博物館も閉館、考古関係の研究会も無期限延期となれば、時間が余ってくる。外出と言えば、愛犬の散歩と買い物程度(最近発掘が再開した)で、考古学以外の書籍もよく読むようになった。前回、『銃・病原菌・鉄』を読み切り紹介したが、今回は、それに勝るとも劣らない大著『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)を紹介する。この長いトンネルで、孤独を楽しむにはもってこいの骨太の本だ。

まずは、概略。
アフリカで暮らしていた、「取るに足りない生物」であったホモ・サピエンスは、なぜ食物連鎖の頂点に立ち、文明を打ち立て、地球を支配するまでに至ったのだろうか?
 本書では、その鍵がホモ・サピエンスの「虚構」を信じる能力にあるとする。国家、宗教、企業、貨幣、法律、自由など、私たちが疑いもなく信じている概念は、みなすべて実体のない虚構だ。虚構は見知らぬ者同士が協力することを可能にし、複雑で高度な社会をもたらしたのである。
 近代に至って文明が爆発的な進歩を遂げたのはなぜか? それは帝国に支援された科学技術の進歩にともなって、「未来はより豊かになる」という、将来への信頼が生まれ、投資を加速させる「拡大するパイ」という資本主義の魔法をもたらしたからだ。
 では、サピエンスが打ち立てた文明は、個々の人間を幸福にしたのだろうか? 歴史は正義と無関係に進む。農耕社会は狩猟採集生活よりも厳しい生活を人類に強いた。文明は男女格差や人種差別をもたらし、国家や市場は個人の自立と引き換えに家族やコミュニティを破壊してしまった。現代人は飽くなき消費主義という欲望の奴隷となっている。
 そして今、ホモ・サピエンスは何を望み、どこへ向かおうとしているのだろうか? テクノロジーはあなたをどのような世界に連れて行くのだろうか? ホモ・サピエンスの過去、現在、未来を俯瞰するかつてないスケールの大著、人類史全体を俯瞰することで、現代社会を鋭くえぐる大作だ。

 私の興味より。
やはり考古学をやっている者としては、古代の歴史に興味が行く。『銃・病原菌・鉄』では、なぜヨーロッパ人が世界を征服し今もなお先進国でいられるのかという問いに始まった。そして、ダイアモンド氏の答えは、ユーラシア大陸では、植物と動物の多様性と栽培化・家畜化に最適な種が集中的に存在し、それによって定住と人口増加をいち早く勝ち取り、その後も安定的に国家を形成し、文字や製鉄や武器を発明し、その力で、栽培化・家畜化に不利だったアメリカ大陸・アフリカ大陸・オーストラリア大陸を支配することができたということだった。なお、同じユーラシア大陸にあって同じように栽培化・家畜化の条件に恵まれ、実際、帝国を築いた中国が、なぜ世界支配ができなかったのかというと、それは、ヨーロッパでは小さな国々同士の淘汰圧力によって武器や国家機関等の近代化をいち早く成し遂げたのに対し、中国はずっと一つの統一王朝を築いてきたことで淘汰圧力に晒されず近代化に後れを取り、アヘン戦争でその実力を見限られてからは一気に植民地化されてしまったということであった。
さて、このあたり、ハラリ氏は、また違った考察である。
ダイアモンド氏にあっては、その後のヨーロッパ人成功の鍵となった農耕社会への移行は、ハラリ氏によれば、人類にとってけっして勝利でも幸福でもないどころか、むしろ過酷な暮らしへの移行であった。それは人類が栽培化した小麦の立場から考えると分かりやすい。一言で言えば、小麦こそが人間を家畜化したのだった。小麦栽培のために人類が岩や石をどけて土地を耕し、灌漑設備を作り水を絶やさぬようにするが、それは柔らかい土地とたっぷりの水を好む小麦にとってまるで従僕による奉仕である。おまけに小麦の敵であるその他の植物の除草までし、土地に栄養が無くなると堆肥などで栄養を与えてくれる。これらの小麦の世話の為に、人類は来る日も来る日もへとへとになって働いていたのである。もちろん、人類が自分の為にやっているのだが、この人類の過酷労働によって、小麦はその後あっという間に世界中の土地を支配し、植物界の王者に君臨することになった。しかも人類は、狩猟採集生活では、各地の多種多様な動植物を食し栄養バランスもとれていたが、小麦偏重の暮らしで、ビタミン不足にともなう病気や不作による飢餓も味わうことになる。もちろん、アジアの米もおなじである。なるほど、農耕革命は人類にとって何一つ良いことが無かったようだ。
さて、ヨーロッパの成功についても、ハラリ氏の説明は大きく異なる。中国やイスラムの帝国は、相当の技術や知識を持ち合わせていた。むしろ、ヨーロッパは小さな国々がせめぎ合い、軍事力も含めアジアの帝国に勝てる相手ではなかった。しかし、15世紀、ヨーロッパには大きな意識革命が起きていた。それは、知らない世界を知りたい、という衝動・想像力である。そして、それがコロンブスやマゼランらの大航海をもたらし、結果、まずはスペインが南アメリカ大陸のアステカ・インカ帝国を滅ぼして巨大な富を独占し、大帝国へと発展した。これが、ヨーロッパ諸国の刺激となり、我も我もと帝国主義・植民地時代へと駆り立てていったのである。中国でも、鄭和と言う大将軍が、コロンブスより早くてインド洋から東アフリカへ大航海を成功させている。しかも、3千隻・3万人もの大船団である。中国の方が巨大な国力と航海能力を持っていたのである。しかし、鄭和船団は、訪れた土地や人々を支配することも無く、何ら富を得ることも無く帰っていった。その後、中国は航海にも海外の国々にもまったく興味を持たず、そのまま航海能力も低下させてしまったという。要するに、ハラリ氏は、人類の想像力が歴史を作る原動力となってきたというのである。この想像力が、貨幣・信用・帝国・資本などを生み出し、今日、人類の繁栄に至っていると言う
また、資本主義・自由市場の害悪として、奴隷貿易の例が挙げられている。だれもアフリカ黒人を憎んで奴隷にしたのではなく、新大陸の原住民が西欧人の植民地支配下の過酷労働で激減し、その代わりによりヨーロッパに近くて安い労働力として黒人どれが選ばれたこと、さらに、黒人奴隷は、直接に奴隷を捕まえて販売する商人だけでなく、その会社に投資して大儲けする資産家や市民によって、つまり自由市場の論理で安定供給・拡大されていったことが活写されている。資本主義とりわけ自由市場主義の本質がよく見えてくる一節であった。
逆に、資本主義経済のグローバル化が戦争を抑える作用をしていると言う。現代は、戦争で得られる利益よりも代償が大きすぎて採算に合わないこと、むしろ平和による利益が大きいこと、さらに国際関係の緊密化で各国の独立性が弱まっていることから「平和を愛するエリート」が各国を治めているとし、戦争が起きにくい時代に突入してきたと言う。
さらに、人類の想像力によって、それがハラリ氏の言う「虚構」であるとしても、現代社会は、自由や平等、人権の概念がより強く受け入れられることで差別や搾取が減って来ているという人類の前進面も分かりやすい。

さて、これら以外にも、興味ある論点は多数あるが、書き出すときりがないので、ここで止めておく。あとは、直接、本書を手にとって、じっくりと読んでいただきたい。
  

 

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