デモクラシーは衆愚政治。賢民にならないと政治は腐敗する。
こうした政治腐敗を目の当たりにして、プラトンは、哲人王による賢人政治こそが政治の理想と考えた。ただし、古代ギリシャにおいて共通認識とされた正しい政治とは「法を守る政治」であり、逆に悪い政治は「法を守らない政治」である。
となれば、たとえ賢人であっても、「法を守らない政治」なら悪しき政治であり「僭主制」として批判された。それに対し、デモクラシーは、「法を守らない政治」の典型とされた。多数の力に乗じて、好き勝手なことをするに決まっているのがデモクラシーだと認識されていたのである。だから、デモクラシーは悪い政治とされた。しかし、同じ法を守らないなら、独裁の僭主制より、デモクラシーの方がましだという了解もあった。
とにかく、デモクラシーは、国民・市民が愚民では最悪の政治になるというのは、古代ギリシャから指摘されたて来たことである。国民・市民が賢民とならなければ、どうにもならないのである。